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広報そうじゃ
| ミニ特集 広畑遺跡 〜美袋地区の古代の姿が明からに〜 | 美袋地区の西からの眺め。写真中央が昭和中学校と広畑遺跡
緑豊かな美袋地区。昭和中学校の体育館建設場所で行われた発掘調査で、約2000年前から、この地域に人が住んでいたことが明らかになりました。今回は、その一部を紹介します。
発掘調査は、昭和中学校(美袋)の体育館の建て替えにともなって行われたものです。遺跡は、調査場所の小字名から広畑(ひろばたけ)遺跡と名付けられました。 遺跡は、高梁川と山に挟まれた場所で、周辺の土地より高地にあります。美袋地区では、古代から高梁川の氾濫(はんらん)が頻繁に起きていたと考えられ、これまで古い遺跡が存在する可能性は低いと思われていました。ところが、発掘調査を進めるにつれ、溝や柱を立てた穴から出土した土器によって、約2000年前から人が住んでいたことが分かりました。 また、平安時代の遺構から出土した土器には、うわぐすりが塗られたものもあり、当時としては貴重品であることから、役所的な施設の跡である可能性が高いことが分かりました。 問い合わせ 文化課文化財係(電話92-8363)
| 昨年7月に開かれた現地説明会には、たくさんの地元の人や歴史ファンが訪れました
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●弥生時代 弥生時代の遺構としては、※土壙(どこう)や建物の柱を立てた穴などが確認されています。土壙には、破損した土器がまとめて捨てられていました。また、稲の穂を摘む石包丁も出土。水稲農耕が行われていたことが分かりました。 ※いろいろな用途で掘られた穴
●平安時代
●7世紀後半から鎌倉時代
当時の人が使用した道具が多く出土。須恵器(すえき)や土師器(はじき)などの土器類のほか、鉄器や※鉄滓(てっさい)などの鍛冶(かじ)関連の遺物が多く見つかりました。炭窯や鍛冶炉もあり、鉄製品がこの地で盛んに作られていたことがうかがえます。また、このころの出土品のなかには、魚を捕る網に付ける錘(おもり)が多数見つかりました。農業とともに、高梁川の恩恵を受けた漁業も盛んに行われていたことが分かりました。
※鉄製品を作るときにできる、 不純物を多く含む鉄のかたまり
当時、一般の集落では見られない、方形の柱穴が見つかりました。さらに、緑色のうわぐすりを塗った土器も出土しました。当時としては貴重なもので、この時代には、役所関連施設か貴族の住む屋敷などのような建物があったと考えられます。
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