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広報そうじゃ 2005年12月号

 特集3 人権を大切に

心と心をつないで笑顔の輪

 
「人権」。聞くだけで難しく考えてしまいがちですが、私たち一人ひとりが幸せに暮らすための権利です。
この機会に、家庭や職場、地域で人の心を大切にすることについて考えてみましょう。
 
平成17年度岡山県児童生徒人権啓発ポスターで岡山地方法務局長賞に選ばれた森涼人くん(総社小学校5年)の作品

●人権の大切さ訴える
 今月4日から10日までは人権週間でした。市内では、人権作文・標語作品展の開催や街頭での啓発活動が行われていました。これらの活動は、人権について考えたり、その大切さを再認識したりしてもらおうということで行われました。
 人権作文・標語作品展は、今月5日から9日までの5日間、市役所1階ロビーで開催されました。展示されていたのは、市内の小・中学生が書いた人権作文と人権標語のうち特選に選ばれた25点です。
 訪れた人のなかには、子供たちが人を大切に思う心をみずみずしい感性で書いた作文を、立ち止まって読み入っている人もいました。

人権作文展

●身近なことがテーマ
 作文も標語も、人権について正しい理解と豊かな人権感覚を身に付けてもらおうと募集しました。
 子供たちがテーマに選んだのは、「友達がやさしくしてくれたこと」をはじめ、「おばあちゃんの手」、「自分のクラスのこと」、「友情」、「外国人の友達」、「障害のある人とのふれあい」、「職場体験」、「命の重み」、「男女平等」といった自らが経験したことや身近なことでした。
 左のページで紹介している作文は、昨年に続いて特選に選ばれた小野由紀子さん(昭和中学校2年)の作品です。テーマは児童虐待です。「子供への暴力を憂いながら、いろいろな角度から虐待を見つめ、親と子が分かり合うことが大切である」と、小野さんの訴えたいことがよく伝わってきます。

平成17年度
『人権作文標語集』
 市内の小・中学生が書いた人権作文と人権標語で特選に選ばれた作品がおさめられている。希望者には、人権啓発室で配布中。

●立ち止まって一考
 ところで、私たちは普段なかなか人権について考える機会は少ないです。「児童虐待・高齢者・女性・障害者・インターネットでの人権侵害……」。私たちに降りかかってきそうな問題はすぐそばにあるかもしれないというのに。それは、人権というものを、難しく思い込んでいるからではないでしょうか。
 人権は、私たち一人ひとりが、幸せに暮らすための権利です。「そのためには何をすれば、どうすればいいの?」。とかくこのように考えがちですが、まずは家庭や職場、地域など身近なところから、お互いの人権を尊重し合うことが大切なのです。
 人権を尊重し合うこととは、お互いの違いを認めることから始まります。子供たちが身近なことをテーマに人権について考えたように、皆さんも、まずは身近なことから考えてみてはどうでしょうか。

人権を尊重し合うこととは、
       お互いの違いを理解することから始まる


平成17年度人権作文  特 選
小さくても人権はある
昭和中学校2年
小野 由紀子さん

 誰かが言っていた。
「自分の子供を思わない親はいない。」
でも、私はこう思う。
「じゃあ、なぜ児童虐待があって、それが増えてきているんだろう」
 最近よく聞く”児童虐待“という言葉。それは自分の子供に対して、親が親としてしてはいけないようなひどいことをすることだ。
 私が聞いたことだけでも、殴る・ける・食事を与えず餓死させるなど、虐待をする人は考えもおよばない残酷なことをする。子供の痛みを分かろうとしないその行動に、私は同じ子供としてとても悲しく、分かって欲しいと思う。どんなにひどいことをされても、「親」という存在に子供は頼っているのだと思うから。
 私が一番ひどいと感じたのは、まだ赤ん坊の子に暴力をふるう親だ。事実、生まれたばかりなのに、水も与えずに放置して餓死させるということがあった。私はこのことを聞いた時、どうしてそんなことができるんだろうととても深い不快感と嫌悪感を覚えた。そういう親に私が分かって欲しいのは、暴力をふるってくる「親」に対して、赤ん坊などの小さな「子供」は抵抗する術を持たないということだ。だいたい、子供を守らなければならない立場の大人が、子供に苦痛を与えるなんてことがとてもおかしいと思う。
 それなら、どうしたら虐待を減らすことができるのだろうか。もし虐待が発覚しても、周りの人達がその事実を知っていなかったりする。
「声なんか聞こえなかった」
「知らなかった」
「虐待なんかするような人じゃないと思っていた」
私は、もし子供が親から虐待をされているなら、その子を助けてあげられるのは周りの人達しかいないと思う。だから周りの人達がもっとよく子供を見て、ささいな様子の変化に気付いてくれたらもっと虐待を減らすことができるのではないだろうか。皆が協力すれば、助かる子供もきっといると思う。
 虐待の主な理由は、自分になつかないから、泣きやまないから、育てることに自信が失くなったからなどさまざまだ。
 私の知っている本に、『ハッピーバースデー〜命輝く時〜』という人権の本がある。その主人公のあすかは、母親から
「生まなければよかった。」
と言われ、ショックで声を失ってしまうが、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいるいなかで自然に囲まれて過ごすうち、だんだん声を取りもどしていく、という感動の作品だ。私はこの本を読んでから、人権とは何なのか、と自分なりに真剣に考えるようになった。また、「言葉の暴力」があることも知った。その暴力は、身体にではなく、精神的にダメージを受ける。そしてそれは、一生心に残る傷になるのだ。
 私は時々、身体への暴力と言葉の暴力は、いったいどちらの方がひどいのだろう、と考える。その答えはまだ分からないが、たぶん、どちらも比べようのないくらい苦しく、やってはいけないことなのだと思う。
 私は、母に小さな子供への虐待について聞いてみた。すると、
「虐待を受けている子供はかわいそうだね。泣いたり、言うことを聞いたりしないのは理由があるからなのに。ときどき、子供は自分のものだと勘違いしている親がいて困る。」
と私に真剣に答えてくれた。それから私は、友達や家族や他の人達の態度や言葉から、相手の心を分かってあげられて、頼られるような人間になる、という目標ができた。
 これから未来、子供への虐待は増えるかもしれない。しかし、だからこそ今からでも、親と子供がもっとよく分かり合う必要があると私は思う。


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